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May's Diary~日韓 Love~

韓国人っぽくないニュージーランド育ちの韓国人のオッパと、1/4は韓国人の血が入ってるのに                                               全く韓国について知らない+話せない日本人Mayの日韓カップル・遠距離恋愛日記♪

ちょっと気分を変えてオッパとの日常。




住む国は2人で選びましたが、

もともと、

オッパのご両親のススメで一緒に暮らすことになったこの生活。


オッパとの生活はMayにとって今はとても居心地がよいものとなっています。

相当口うるさいMayですが、オッパもMayのいない生活は考えられない。と言ってくれています。





でも、初めからこんな居心地がいい、とか、相手のいない生活は考えられない。

といった状態ではありませんでした。

ここまで来るのには、色々なことがありました。





一緒に住んでまだ半年。もう半年?

日本を発つ前は、一緒に住んだらきっと楽しく幸せな生活なんだろうな~。なんて、

勝手に想像していましたが、

それは、大きな間違いでした。





もともと、オッパはMayが頼まなくても自分から色々と手伝いをしてくれる人だったんです。


なので、自然な形で今のお互いの役割が勝手に出来上がっていました。



たとえば、料理にしても、Mayが料理をしている横で

「かきまぜようか?」「野菜切る?」とか
「料理中に出た洗い物しちゃうね」とか。

オッパは何かと助手をしてくれます。



今じゃ、手が離せない時、「ぽんずを冷蔵庫からとって!」とか、
「つゆの素とって!」と日本語での日本の調味料を言っても、ちゃんと取ってこれます




ご飯食べた後、Mayは少しゆっくりしたいんですが、

オッパは、2人が食べ終わった瞬間、全ての皿をキッチンへ持っていき、

Mayが「いいよ、後でやるから置いといて。」と言っても、

「料理はできないけど、洗い物はできるよ」と言い、洗い物をしてくれます。

ニュージーランドでは、食後の食器洗いは、ニュージーランド男性の使命なんだそうです。




ゴミ捨てはもちろん、

洗濯も自分でして、自分のワイシャツのアイロンかけも自分でやって、

ついでにMayのバイトで使う服のアイロンがけまでやってくれます。





・・・・・って、ここまで聞いてると、良くやってくれる彼じゃない。と親には言われますが、

Mayもちゃんと、毎日の彼のお勤めには、ちゃんと「お弁当」を作っていますし、掃除や買い物、

大切な書類の管理、これで、他の細かい事をやってるのはMayなんです。

ちなみに、Mayは家でプーをしているわけじゃなく、週5でアルバイトもしております。






色々と今はできるようになったオッパですが、

一緒に暮らし始めた当初は大変でした。



生活に必要な基本的な事を全く知らない人でした。




ご飯の炊き方を知らなかったり(超適当な目分量で米と水を入れてた)、

洗濯洗剤の使い方を知らなかったり(柔軟剤、ボトルの半分を一回の洗濯で使い切った・・・)

ベッドメーキングも超適当、ただシーツをベッドに乗っけるだけ。


そのくせ、色々と手伝いたがるんです。

自ら手伝ってくれるのはありがたいけど、

彼がやる事全ての後を追ってMayがやり直さなきゃいけなかった。






一緒に暮らし始めて早々、「こんなこと常識でしょ?」

とイライラして1人で怒ってる日々が続きました。




家事はできないんだろう。とは予想はしていました。

でも、家事どころか、生活する上での基本的な事に無頓着だったオッパに

「親に教えてもらわなかったの?」とか、

「よくこれでアメリカで1人で生活してたよね」などと、



Mayも本当に悪い言い方ばかりして、オッパを傷つけてしまっていました。





だから、決めたんです。

オッパは何もしなくていいから。って。。。。

彼が何かするたびに、ケンカになるんだったら、私が全部やる。って思った。



オッパもこの時ばかりは、本気でMayに思ってることを言ってきた。

「なんでいつもいつも、「どうして~できないの?」

っていう言い方をするんだ?確かに、僕は基本的なこと、知らなかった。

それに、Mayがやる通りに、細かい事まで気を配れない。

でも、その言い方、やめてくれないか?

「どうして~できないの?」「どうしてそういうやり方するの?」って言われたって、

なんとも答えられないよ。そういう言い方をする代わりに、

「○○して」と言ってくれないか?」






はぁあああああ???逆切れ?!

30過ぎた男性に、1から10まで教えなきゃいけないMayの気持ち、

海外生活を決めたのも、Mayと同様、彼にはアメリカで1人暮らしをしてた経験もあるから

海外生活大変さも知ってて、

その分、2人なら経験と知恵を合わせてやっていけると思ったのに、

こっちだって、こんなの想定外!!!




本当は、そう口にしたかった。


でも、言わなかった。


Mayが「どうして~するの?!」って言う度に、オッパがすごく戸惑っているのを知っていた。

「だったら、もう手伝わないよ!」って

いつ言われてもおかしくない状況にも何度もなったけれど、オッパは決してそんなことを口にしなかった。

どんなにMayに口うるさく言われても、

なんども手伝いを自分から申し出てくれていたのは知っていた。




確かに、Mayは口癖になっていたんです。「どうして~するの?」。

言われるまで気づかなかったから、その時、余計にハッとしました。



Mayも反対の立場だったら、自分が良いと思ってしたことを批判されてる気分になるだろう。と思った。


それよりも、自分が良いと思ってしたことは、それは相手を思いやってやってることなのに、

その相手に批判される彼の気持ちを考えたこともなかった。




世の中、仕事だけして何も手伝わない男性もいるというのに、

こんなに色々な事を手伝ってくれて、その気持ちだけでもありがたいはずで、

感謝するべきなのに、

それを当たり前かのように思い、それ以上にもっときちんとやれ。。。だなんて、

あの頃、Mayはどうかしていたのでしょうか。。。。



あの日以来、「どうして~するの」という言い方は一切使わなくなりました。



すると、不思議なことに、それ以降、ケンカすることも無くなり、

オッパも更に、色々なことを手伝ってくれるようになりました。

オッパがお手伝いしてくれてる間に、「これは~して」とか

「あれは~するんだよ」と言っていると、

オッパも素直に聞いてくれて、

その後も同じようにやってくれるので何も言わなくて済むようになりました。






私たちの今の生活の役割分担


それは

単純作業はオッパの担当

その他の細かい作業と管理作業はMayの担当



Mayが1人でも全部できることだけれども、

オッパはそれを嫌がり、常にくっついては手伝ってくれるのでMayも

「私の方が早いんだけどな・・・」

心の中で思いながらも、

そんなオッパの心遣いに甘えて、くつろがせてもらっています。















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ある韓国人経営者の事務所からお電話をいただいたその人物とは

韓国人弁護士協会の会長をしている方でした。




オーストラリアには米国弁護士資格を持っている人が少ない。

オーストラリアの弁護士資格も併せ、米国弁護士資格を持っているあなたに

新しく事務所をオープンするから、そこで働いてほしい。
とのこと。




もともと、米国弁護士として働きたかったオッパ。

その事務所も今の自宅から徒歩で10分のところ。


願ってもいないチャンスがやってきた。


そう2人で思いました。




会長は、米国の法律を扱う事務所。。という初めての試みでもあり、

やはり、オッパには経験がないので、

オッパの給料はコミッション制とした。


月額16万円+出来高制。


つまり、お客さんがくればくるほど、給料は増える。

逆に、来なければ16万円しか得られない。



もともと、会長は事務所を別にオープンさせるおつもりだったらしいですが、

16万で働いてくれる弁護士などいないので、

経験はないけれど、オッパの米国弁護士資格を利用して

新たなビジネスを展開しよう
とご連絡をださったようです。




Mayは迷いました。


どうして、オーストラリアには米国弁護士資格を保有している弁護士がほとんどいないのか。

これが一番のネックでした。


ニーズが多くあれば、たくさんの米国弁護士資格を保有している弁護士がこの国で働いているはず。




それでも、月額4万円の給料と比べ、将来性を考えるなら、

やはり、会長とのお話は、明るい未来が見えた気がしました。



でも、にMayにははっきりとオッパには答えられませんでした。


16万で働いてくれるキャリアのある弁護士などいない。。と言う会長に、

現在4万円で雇っているオッパの会社をやはり信用できなかった。

ただ、会長のお話にのって、こんな未知の賭けに出ても良いのか。。。。


最終的には、オッパのご両親にも相談してみて。。。と頼みました。




そして、ニュージー時代のもう1人の後輩は、

なんと偶然にもその会長の下で働いた経験があったので、

その後輩に話を聞いてみると、良い会長だった。というのです。




オッパのご両親も、会長とのお話を支持され、

月給4万の法律事務所とはおさらばし、

オッパは会長と手を組むことになったのです。